東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6700号 判決 1960年4月28日
原告 中山道子 外一名
被告 関本二郎 外一名(いずれも仮名)
主文
(一) 被告関本二郎は原告中山道子に対し金二十二万七千円、原告中山スミ子に対し金五万円及び右各金員に対し昭和三三年八月三〇日以降完済迄年五分の割合による金員を支払ふべし。
(二) 原告中山道子の被告関本二郎に対する其余の請求、被告関本喜美子に対する請求は何れも棄却する。
(三) 訴訟費用中、原告中山道子及び中山スミ子と被告関本二郎との間に生じた部分は同被告の負担とし、原告中山道子と被告関本喜美子との間に生じた部分は同原告の負担とする。
(四) 此の判決は(一)項に限り、それぞれ担保として、原告中山道子に於て金五万円、原告中山スミ子に於て金一万円を供託するときは仮に執行することが出来る。
事実
原告訴訟代理人は被告二郎は原告道子に対し金三十五万円、原告スミ子に対し金五万円、被告喜美子は原告道子に対し金十万円及び各右金員に対し昭和三三年八月三〇日以降完済迄年五分の割合による金員を支払ふべし、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決竝に仮執行の宣言を求める旨申立て、請求原因として、
一、原告中山道子は昭和三二年一一月九日橋口健之助夫妻の媒酌によつて届出による婚姻を為す諒解の下に被告二郎と挙式の上事実上の婚姻を為し、同日以降同年一一月二〇日迄は通常の夫婦として、その後は形ばかりの夫婦として同年一二月二六日迄船橋市海神一丁目三番地に同被告と同棲して居た。
昭和三二年一二月三日頃原告二郎から実家に行くよう甘言を以て勧められたので帰宅したところ、同被告は知人を介して原告の両親に対し婚姻解消の意思を表示してきたので、原告は事の意外に驚いて即日被告二郎の許に帰つてその飜意を促したが、同被告はこれを承諾しないで、其の後は原告に対して目に余る虐待を加へた。原告は之に耐へて居たが同年一二月二六日遂に同被告の虐待に堪へかねて実家に帰り現在に至つて居る。
被告二郎が原告に対する婚姻解消の理由とするところは、(1) 原告は胸部扁平で乳房がない、(2) 体格が貧弱で結婚生活に堪へられない、(3) 智能程度が五十パーセント以下で精神異常者である、といふに在る。そして被告二郎は同年一二月下旬原告道子を相手方として東京家庭裁判所に対し離婚の調停を申立てたが、同裁判所医務室の検査の結果、同被告の主張は全く事実無根であることが判明したのに拘らず、同被告は離婚に固執したため、同三三年六月二五日調停は遂に不調となり、之に因つて原告と被告二郎の婚姻は解消した。
原告道子は体格は普通以上で、乳房も普通以上に豊満で身体は強健であり、智能の程度は一般人より優れて居ることはあつても普通以下といふことはない。精神異常などとは甚しい侮辱である。
二、原告と被告二郎は婚姻後新婚旅行に出たが、原告は初夜に於て自己が処女であることを同被告に話したところ、同人は「僕は貴女が処女でない方がよかつた」、「不能者だと思はれると困るから関係する」等言ひ原告道子をして胸のふさがる思をさせた。然るに昭和三二年一二月三日頃前記の如く原告を実家に帰し婚姻解消の申入を為し、原告が驚いて帰宅したが、其後は寝室を別にし、同原告に対し「寝室を別にされてまで自殺もしないし逃げ出しもしないのは精神異常だ」などど暴言を吐き、更に飲酒して深夜帰宅して同原告を口を極めて侮辱し果ては食事をも別にするに至つた。
三、被告関本喜美子(大正十五年生)は被告二郎の実妹であつて、同被告と同居して被告二郎の家計を切り盛りして居た者であるが、被告二郎と共謀して原告道子の追出を策し、同原告の日常家事の些細な事について叱責非謗を加へ、事々に同原告を罵り又被告二郎に針小棒大の告げ口をし、原告道子に対し食事さへ与へないようにした。
四、以上被告両名の所為によつて原告道子は遂に被告二郎との婚姻を継続し得なくなり、前記の如く実家に立戻り、遂に被告二郎から理由なく婚姻予約を解消されたのであつて、精神上及び物質上多大の損害を被つたこと勿論である。
原告道子は中流の家庭に生れ中野高等女学校を卒業し、一時大正印刷株式会社に勤務し、昭和二七年退職して所謂花嫁修業に努め相当の教育と家事料理等の知識経験を身につけ、被告二郎とは二ケ月の交際期間を経て結婚したもので、初婚であること勿論である。被告二郎は昭和一六年中央大学法学部を卒業し昭和二四年頃東京工具株式会社を設立し現在に至る迄その社長であり、数人の者を使用し年百万円以上の利益を収めて居る。
原告道子は結婚式費用として左記の如き出費をして居るが、此はすべて被告二郎の理由のない婚姻破棄によつて、無益な費用と化したので、同被告は原告道子に対しその損害を賠償すべきである。
(1)金八千円 結婚式衣装代、(2) 一万二千円 同披露宴代、(3) 金五千円 同車代。(4) 一万円 里帰り費用一切。(5) 金五千円 荷物引取費用。(6) 一万円 雑費。以上(1) 乃至(6) 合計金五万円。また被告二郎及び被告喜美子の原告道子に対して支払ふべき慰藉料は以上諸般の事情を考察して前者は金三十万円、後者は金十万円を相当とする。
五、原告中山スミ子は原告道子の実母として、長女道子の幸福な結婚を願つて同人を愛育して来たのに拘らず、被告等の前示不法行為によつて原告道子が故なく婚姻の破棄を受ける不幸に逢ひ、自らも亦精神的に多大の苦痛を受けた。被告二郎は原告スミ子の苦痛を慰藉すべき責任あること明かであり、その慰藉料額は前叙の事情を考へて金五万円を相当とする。仍て原告道子は被告二郎に対し金三十五万円、被告喜美子に対し金十万円、原告スミ子は被告二郎に対し金五万円及び各右金員に対する昭和三三年八月三〇日(被告等に訴状送達のあつた日の翌日)以降完済迄年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、
六、証拠として甲第一乃至第十二号証、同第十三、十四号証(写真)同第十五乃至第十九号証、同第二十号証(写真)、同第二十一号証を提出し、証人橋口健之助、畑次男、原告中山スミ子、同中山道子の各供述を援用した。
被告等訴訟代理人は原告等の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、
一、原告道子と被告二郎が挙式の上事実上の婚姻を為し昭和三二年一二月二六日迄同棲して居たこと、原告道子が其の主張の頃実家に帰つたこと、被告二郎から婚姻解消を申入れたこと、昭和三二年一二月二七日以降原告道子が実家に戻つて現在に至つたこと、調停の申立及びその不調の事実、婚姻解消の事実、原告道子及び被告二郎の学歴、職歴等(但し被告二郎は会社々長ではない)、被告喜美子が被告二郎の実妹で同居して来たこと、原告スミ子が原告道子の母であることは何れも認めるが、其の他の事実は否認すると述べ、
二、原告道子と被告二郎とが婚姻を解消したのは、同原告には被告二郎の主張として挙げられて居るような身体的な欠陥があつたので、被告二郎は将来夫婦生活を営むことは不可能と考へ、婚姻直後解消を申入れたが話が進まないため、同被告は警視庁人事相談部に申出でたところ、道子の母親である原告スミ子が出頭し、協議の結果、離婚の調停申立をするならば、道子の身柄を引取るとのことであつたので、同年一二月二五日東京家庭裁判所に離婚調停を申立て、翌日調停申立受理証明書を警視庁の係官に提出したところ、原告スミ子は之を諒承して原告道子の身柄を引取つたのであつて、即ち両名の婚姻は全く合意によつて解消したのであると述べ、
三、証拠として、証人橋口健之助、西原久子、船戸義雄、被告関本二郎、同関本喜美子の各供述を援用し、甲第二乃至第八号証、同第十三及び第十四号証(但し写真)の成立を認め、その余の甲号証の成立は不知と述べた。
理由
(一) 原告道子と被告二郎が昭和三二年一一月九日将来法律上の婚姻を為す約定の下に挙式の上事実上の夫婦となり、同年一二月二六日迄同棲して居たこと、同日原告道子が実家に帰りそれ以来両名が別居して現在に至つたこと、現在両名の婚姻が解消して居ることは当事者間に争がない。
(二) 仍て右解消が果して原告主張の如く被告二郎の責に帰すべき事由に基くか否かについて検討する。
証人橋口健之助、西原久子、船戸義雄、原告中山道子、同中山スミ子、被告関本二郎の各供述を綜合すれば、「被告二郎は、原告道子と前段認定の挙式の後、新婚旅行に出立したが、右旅行から帰来してから、事実上の媒酌人である船戸義雄、親代りとして親しい間柄に在る西原久子夫婦等に対し、原告道子の肉体は異常であり、胸は平たく板のようであつて乳房が殆んどない、引取つて貰ひたい等のことを言ひ出し、その後右船戸及び媒酌人橋口健之助等に対し、原告道子は身体が右のようであるばかりでなく、その智能も普通以下で料理の仕方も三十才を過ぎた女のすることは常識上考へられない、どうしても婚姻を解消したいのでこの旨を原告道子の実家へ伝へられたい旨強く希望したこと、同年一一月二十日過頃右船戸等を介して被告二郎の旨を受けた渡辺すみ子が原告道子の実家に至つて、以上の理由を述べて婚姻解消を申入れたが、原告スミ子(道子の母)等から拒絶せられたこと、同年一二月初旬頃被告二郎の意を受けて前記橋口、船戸及び西原久子の夫等は原告道子の実家に赴いて同様のことを理由として婚姻解消を申出でたが再び原告スミ子等に拒絶せられたこと一方新婚旅行から帰つた以後被告二郎は原告道子と夫婦の交りをしたのは数回に過ぎず、毎晩の如く飲酒して夜晩く帰宅して嫌がらせ等を言ひ、渡辺すみ子が前記の如く申入をした一一月二〇日過頃から以後は、同被告は原告道子に対し毎晩の如く実家へ帰るべきことを言ひ、其頃からは全く寝床を別にし、六畳の部屋のみに居ることを命じ、「このように床を別にされても帰りもせず、自殺をもしないような者は馬鹿ではないか、死ねるものなら死んで見ろ」等と罵り、更に原告道子が台所に出入して料理すること、一緒に食事をすることなど禁止したので、同原告は止むなくパンを買つて来て食べ或はソバを取寄せて食事する状態であつたこと、然し同原告は女として一旦嫁いだ以上夫に従ふべきものと考へ且つ何時かは被告二郎の気持もやわらぐものと期待して忍耐を重ねて居たこと、然し被告二郎は渡辺を通じて申入をした当時から既に解消の決意を固めて居たが、同年一二月二〇日過頃同被告が警視庁人事相談部に事件を持ち出したため、原告スミ子も呼出されるに至り、係官から双方に対して家庭裁判所の調停で解決すべきことを言われたので、同被告は同月二五日東京家庭裁判所に対し離婚の調停を申立たこと、以上の経過に鑑み原告道子の父母もこれ以上同人を被告二郎方に置くことは精神的竝に肉体的に本人を苦しめるのみであるから、調停に於て交渉するに如かないと考へて、同月二七日原告道子をして実家に帰らせたこと、その後同裁判所医務室医官の調査により原告道子が通常の身体健康であることが判明したにも拘らず、被告二郎は離婚を強く主張して譲らないため、調停は不調となつて遂に両名の婚姻が解消したこと、」を認定するに十分である。而して証人畑次男、原告道子、被告二郎の各供述と原告スミ子の供述により原告道子の写真であると認める甲第二号証を綜合すれば、原告道子の智能及び身体発育の程度は普通であり、その乳房の発達も普通乃至稍劣る程度であつて、夫婦の交りをするについて同原告には何等身体的障害のないことを認め得るのに対し、被告は婚姻に於ける性生活の面を極度に重視し、自己の一方的快楽を追求する傾が強く、経験の乏しい妻をいたはりながら一生の伴侶として共に楽しみつつ成長しようとする努力をも為さず(同被告は新婚旅行から帰つた後、僅に原告道子に対し医師の診察を受けることを勧めたにすぎない)前段認定のような情愛のない態度に出たことを認め得るから、右解消は被告二郎の責に帰すべき不当なものと認めるを相当とする。
(三) 然らば被告二郎は原告道子に対し右不当な婚姻解消により同原告の被つた物質的竝に精神的損害を賠償すべきこと勿論であり、又原告スミ子が原告道子の母として、同人が被告二郎から前段認定の経過により不法に婚姻を解消されたことによつて精神的苦痛を受けたことは勿論であるから、同被告は原告スミ子に対してもその賠償として慰藉料を支払うべき義務があること勿論である。
(四) 仍て損害の数額について案ずるに、原告スミ子の供述により真正に成立したと認める甲第九乃至十二号証の各記載と同原告の供述を綜合すれば、原告道子は被告二郎との婚姻のため、(1) 婚礼衣装借受料として金八千円以上、(2) 披露宴料理等の費用として一万一千五百円、(3) 原告道子の荷物を中野の実家から船橋の被告二郎宅まで及び船橋から中野までの運送賃合計五千円、(4) 媒酌人に対する謝礼二千五百円、以上(1) 乃至(4) 合計二万七千円を支出したことを認め得べく(原告主張の其の他の費用は本件全証拠によるも之を認めるに十分でないから理由なしとして之を棄却する)此等は何れも原告道子が被告二郎に於て誠実に婚姻予約を履行すべきことを前提としての出費であるから、同被告の不当な解消によつて原告道子の被つた損害と認めるを相当とする。従つて同被告は本件離婚解消の時から之を賠償すべき責任があると謂ふべきである。又原告道子及び被告二郎の学歴、職歴が何れも原告等主張の通りであることは争なく、同被告が工具類の販売を目的とする東京工具株式会社の専務取締役であり同会社の実体が同被告の個人営業であること(此の事は同被告の供述によつて明らかである)、其他前段認定の各事実竝に本件に現れた諸般の事情を参酌すれば、被告二郎の原告道子に支払うべき慰藉料額は金二十万円、原告スミ子に支払ふべき慰藉料額は金五万円を相当するが、同被告に対する原告道子の其余の請求は失当であるから之を棄却する。
(五) 次に被告喜美子に対する原告道子の請求について検討するに、同被告が被告二郎の実妹として兄妹同居して来た事実は当事者間に争のない所であるが、同被告が被告二郎と共謀の上、原告道子を虐待し乃至追出を策したことは、原告等本人の供述を以てしても之を認めるに十分でなく、他に右事実を認定する資料がないので、同被告に対する請求は結局失当として棄却すべきである。
(六) 以上の如くであるから、被告二郎に対する原告道子の請求の中前示認定の損害金二万七千円及び慰藉料二十万円円、以上合計二十二万七千円、原告スミ子の慰藉料五万円及び以上の各金員に対し昭和三三年八月三〇日(本件訴状が被告二郎に送達された日の後であること記録上明らかである)以降完済迄年五分の割合による支払を求める部分は正当であるから之を認容し、原告道子の被告二郎に対する其余の請求及び被告喜美子に対する請求は何れも失当であるから之を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し主文の通り判決した。
(裁判官 鈴木忠一)